詩集「八月の青い空」葡萄牙紀行

葡萄牙紀行

最果て(2014年7月ロカ岬)

地が果て海が始まる

その岬に立つ

始まりの海は

わたしを見つけて

しきりにかきくどく

遥かにかすむ水平線のかなたまで広がりながら

海はしきりに泣きさわいでいる

天空の群青色の玻璃すらも

涙で溶かした哀しみを漂わせて

かきくどく

あの水平線のすぐ向うで

世界が終わっていた頃

どれだけの男たちが

奈落に消えたことだろう

わたしは海を

天空を

しっかと抱きながらも

持てあまして

ただ立ちつくす

かきくどかれても困るのだ

わたしはわたしで今

この大きな

あまりにも大きな海と天空のはざまに

立っているだけで精一杯なのだから

青春記(1584年8月リスボン港)

歓声が上がる

急いで甲板に上がる

やがて

静かな川面にその姿を映す

白い貴婦人が見えた

長いベールの裾を水際に浸している

近づけば

その黒き瞳の一つひとつから

大筒が覗いている

この地では砦さえもが

かくも美しいのか

あれはなんだろう

背景に白い山塊が見える

雪山か

それほどに大きな建物

それが神の御教えを学ぶための学舎

二年半の生死をかけた旅を続けて

辿りついた泰西の地の証

ああ

この朱き甍の重なり

丘の上におわすは

デウスの御城であろうか

なんと多くの船の連なりであろうか

一隻あれば一国を制すほどの船が

ここでは数えることさえ出来ぬほど連なっている

しっかりせよマンショ

胸を張れ

このデウスの御膝にあることを感謝して

このデウスのたなごころに身を委ねて

ああ

この風のなんと香しいことか

ああ

この光の何と神々しいことか

これから何があろうと

誰に引合されようと

わたしは

わたしたちは

遥けき東の太陽の生まれる国からの使いである

遥愁(再び2014年7月アルファーマ)

黄昏のけだるさをポケットに入れて

佇むわたしの脇をすり抜けて

小さなアルメイダが

遊び仲間と歓声を上げながら

駆けて行った

その後を追いかけるようにして

すり減った石畳の上を

女たちのため息が流れていく

午後八時を過ぎても

コンキンスタドール達が残していった

ターキッシュ・ブルーの空は健在である

アーチをくぐったその先には

薄闇がそこここに

うずくまっているというのに

上を見上げれば

取り付く島もないほど

きっぱりと晴れ渡った空が

細く細く切り刻まれながら

存在感を主張している

少年期のアルメイダが駆け上がった

丘の上の大聖堂が

諸手を広げて

わたしを迎えてくれた

見おろせば

幾多のアルメイダ達の住む町の

パーシモン色の甍が

沈んだばかりの太陽を恋しがって

泣いている

                             心象200号

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