トランプ関税と美空ひばり
大方の日本企業が固唾を飲んで見守る中、マッドマンが日本へ30〜35%の関税をかけると言い出した。防共協定(日米安保条約)を結んでいる同盟国のはずの国の経済を弱体化して、それが戦略上米国ファーストになるのかどうか、まともな脳みそなら分かるはずだが。それとも防共協定はもう必要ないというのだろうか。それならそれで大いに結構、米軍にお引き取り願おう。マッドマンに言われなくても、日本は自分の国は自分で守らなくてはならない。2022年段階で世界第5位(現在は第7位)の軍事力を誇る日本なのだから。
そこで思い出されるのが美空ひばりだ。何を唐突に訳のわからないことを言うと思われるかもしれないが、美空ひばりの「お茶漬けサラサラで生きていく」と言う言葉を覚えている日本人がどのくらいいるだろうか。
1973年、弟の暴力団との繋がりを理由に、それまで10年連続でNHK紅白歌合戦のトリを務めていた彼女が落選したのだ。その時の会長、当時の郵政省事務次官を退職して天下った小野吉郎の決断だった。それまでは公然の秘密扱いで周知されていた山口組総長とひばりの関係もマスコミに取り上げられるようにもなった。ついでながら1976年、小野吉郎自身はロッキード事件で有罪となった田中角栄との関係を取り沙汰されて会長を辞任に追い込まれた。政府高官の権力を振りかざしたダブルスタンダードの典型例だ。
美空ひばりは紅白落選後、NHKと断絶して総ての番組に出なくなった。「NHKを相手に喧嘩したら飯が食えなくなる」と多くのファンは心配した。確かにその後、全国の公共施設が美空ひばりに会場を貸さなくなった。その時に語ったのが「お茶漬けサラサラ」である。「もともと貧乏には慣れている。収入がなくなったら、亡くなったで、元の貧乏家族に戻って家族でお茶漬けサラサラ食べながら生きていけばいい」と言ったのだ。当時22歳のわたしは、それを聞いた時、心の底から嬉しくなったことを今でも思い出す。理不尽な扱いにただただ首を垂れて「生活のためだ」などと言い訳をする輩の多い時代に、なんと爽やかな覚悟だろうかと感心したのだ。その後、NHK相手のひばりの戦いは彼女の勝利で終わる。1976年に小野吉郎会長が自身のスキャンダルで辞任すると、翌年、NHK側の三拝九拝に応じる形で歌謡番組に復帰し、1979年の紅白30周年記念大会に特別出場を果たす。
なぜわたしがそこまで感激したかと言うと、当時も日本は米国からの理不尽な日本製品ボイコットの嵐に見舞われていたからだ。笑えるのは1971年に米国で成立したマスキー法だ。法律そのものは表向き米国の大気を自動車の排気ガスから守ろうと言う立派なものだったが、本音は日本車締め出しを目的としていた。しかし、マスキー法の基準をクリア出来たのは結局日本車だけで、米国のビッグスリーはロビー活動を駆使して、法律を長い間棚上げ状態にしてしまった。日本はその基準をクリアするために必死の努力をして、結局、ホンダがレシプロエンジンでは当時世界一燃費の良いCVCCエンジンを実用化して、排気基準をクリアした。その時からロビー活動だけに頼って企業努力を怠ったビッグスリーの凋落が始まったのだ。
今回もマッドマンが大統領に返り咲いたおかげで、理不尽な要求を突き付けられている。本音がどこにあろうと、世界経済の常識も、市場経済の原則も無視する理不尽な政策は早晩破綻する。ここは日本企業にも、国民にもここは美空ひばりの断固たる覚悟が求められているのではないだろうか。