(1)田舎娘に手を出すな。
「田舎娘に手を出すな」とは些か物騒な話に聞こえるだろうが、実はわたしが25歳でブラジルに渡った際、送別会で恩師から頂いた忠告だ。「お前には仕事のことでは心配しないが、地酒と地元の女性にはくれぐれも気をつけるんだぞ」と言われた。ブラジルに着いて直ぐに恩師の警句を思い出すことになったのが、田舎娘カイピリンニャである。
カイピリンニャとはブラジル語で「田舎娘」と呼ばれているカクテルだ。ベースとなるのはブラジルを代表する蒸留酒でピンガまたはカシャアッサと呼ばれている。サトウキビを自然発酵させて蒸留したもので、アルコール度数は30〜40度程度だが、地酒とあって一瓶買っても安いものだとビールの大瓶一本の値段と変わらない。
カクテルと言ってもカイピリンニャは、ブラジル特有の小粒のライム2〜3個の皮を好き好きで適当に剥いて八等分くらいに切ったものを、これも好き好きに砂糖を少しかけて、潰し棒で適当に潰したところに、ブラジルの地酒であるピンガ(またはカシャアッサ)を注げば出来上がりである。レシピを読むとややこしいようにあるが、要はライムの果汁と地酒を適当に混ぜるだけでも良く、わたしはそれに氷を放り込んで飲むのが好きだ。
ライムはブラジルでは単にレモンと総称されている果物の中でも、ガレーゴという小さな品種がいちばん合う。なければ少し大きなタイチもしくはリーマでもいい。どれもレモンというよりライムの香りがする。大抵のお宅にはレモンの木の1本や2本は植っていて、ほとんど一年中取り放題である。勿論、青空市場でどれも1ダース100円か200円程度で買える。砂糖がこれまた安くて日本の10分の1程度。もっとも、わたしは砂糖なしで呑むのが好きだが。
唯一困るのが氷だ。家で作ったものか、ちゃんとしたレストランやホテルのものでないと安心できない。従って、わたしは外ではほとんど氷を入れずに飲んでいた。いずれにせよ、この「田舎娘」が美味いこと、旨いこと、うまいこと。今でもわたしの青春の記憶のページを飾る大スターである。
後年、あの忠告をしてくださった恩師がブラジルにいらした時、「田舎娘」を飲んで頂き、最高級のピンガをお土産に持って帰って頂いた。「これは危険だね。こんなに旨くて安い酒はやはり近づけない方が身のためだね」と仰っていたことが、今では懐かしく思い出される。
日本ではピンガも手に入りにくいし、ライムに至っては高くて手が出せないので、あまり飲めていないのが寂しい。