レオン・マシューの管見耄碌 

ユダヤ人とディアスポラ

8.ディアスポラー2

 古代よりディアスポラはユダヤ人だけではない。しかし、世界82億2千万人の人口の中の1500万人、割合では0.2%にも満たないユダヤ人が、現代世界に及ぼしている多大な影響はどこから来るのかと考え込んでしまう。同じディアスポラであったフェニキア人は既に消滅しているし、ギリシャ人は過去の栄光にもかかわらず経済的にEUのお荷物と言われるほど低迷している。ユダヤ人だけがあらゆる分野で傑出して国際的な影響力を維持しているのである。

 20世紀以降の最も著名なユダヤ人というと、まず筆頭にアルベルト・アインシュタインが思い浮かぶ。原爆の父と呼ばれるJ・ロバート・オッペンハイマーもユダヤ人だ。19世紀にさかのぼると日本人にとって日露戦争の際の恩人ともいうべきジェイコブ・ヘンリー・シフがいる。彼は日露戦争の際に旧知だった高橋是清の求めに応じて、日本の戦時国債を買う形で戦費調達に大きく寄与した。さらにさかのぼると今やワインの世界でも有名になった金融王ロスチャイルド一族がいるし、現代ではゴールドマン・サックスの創始者マーカス・ゴールドマン、GAFAではGoogle創業者のラリー・ペイジ氏や、Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグ氏、世界的なファーストフードではマクドナルドのレイ・クロック、スターバックスコーヒーのハワード・シュルツ、映画界では監督のスティーヴン・スピルバーグがいる。思想界ではカール・マルクスもユダヤ人だ。

 ユダヤ人にユダヤ教からキリスト教に改宗したユダヤ人ディアスポラ(コンベルソ)を先祖に持つ人々まで含めると、あらゆる分野で綺羅星のごとくユダヤ人またはユダヤ系に人々が席巻していることには目を見張るばかりである。

 もちろん、そんなユダヤ人は一握りではある。いくら人口の割合が小さいマイノリティーといっても、数百万人のユダヤ人が今でもヨーロッパ各地に暮らしている。森繁久彌や上条恒彦が主演をしてよく知られている「屋根の上のバイオリン弾き」は、そのヨーロッパの片隅(具体的にはウクライナの田舎町)にロシア革命前夜に暮らしていた貧しいユダヤ教徒の牛乳屋の生活を舞台化したものである。主人公テディエは敬虔なユダヤ教徒でありながら、最後にはポグロム(ロシアによるユダヤ教徒弾圧)によって故郷を追われる。

 ついでながら「屋根の上のバイオリン弾き」の原作「牛乳屋テディエ」の作者もユダヤ人、彼(本名ソロモン・ラビノヴィッツ)の筆名ショレム・アレイヘムとはイディッシュ語(ヨーロッパのディアスポラ・ユダヤ人の共通語)の「あなたに平和を」という意味の、日常のおはようやこんにちはと同じように使われる言葉である。それが実はアラビア語の「アッサラーム・アライクム」と語感も意味も全く同じ「あなたに平和を」、パレスティアはもちろんアラビア語圏では同じく、おはよう、こんにちはと同じように使われている。東ヨーロッパに暮らしていたユダヤ人たちの苦難が、こんなあいさつの言葉からも偲ばれるのだ。

 ごく一部のきらめく星々の様なユダヤ人の陰に、多くの名もなく貧しく差別と迫害に苦しんでいたユダヤ人がいたことも忘れてはなるまい。しかし、それにしてもローマとの戦争に敗れて国を追われ、流亡の地に差別と迫害にあえぎながら暮らしてきたはずのユダヤ人たちに、世界最先端の頭脳や、先端技術の起業家、巨大金融業者や巨大ファーストフードの企業者が多いということも事実であり、それがどうしてかということも考えてみる価値がありそうである。

 ユダヤ人を語る上で彼らのディアスポラの歴史的経緯と辿った苦難の道のみを考えるわけにはいかない。実はこれまでディアスポラとして登場してきたフェニキア人、ギリシャ人とそれに続くユダヤ人だけがディアスポラではない。ユダヤ人がカナンの地(パレスティナ)を追われた紀元134年以降から21世紀の今日に至るまで、世界情勢や国内情勢によって、色々な民族からディアスポラは生まれてきている。卑近な例で言えば華僑がそうだし、古代の朝鮮半島から日本を含めて各地に移住した朝鮮族の人々もそうだ。さらには中世の倭寇や八幡(ばはん)、近世の浅田長政たちなども日本人ディアスポラだし、明治以降にハワイや米国の西海岸、中南米に移住した日本人移民もディアスポラである。  それらの人々についても考えることを通して、ユダヤ人の長い苦難の歴史についても何か見えてくるのではないかと考えている

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