レオン爺さんの居酒屋

(3)ジョーク

 バールでの立ち飲みしている中高年の会話はいつでも他愛がない。それでもバールで出すピンチョスやタッパス以上の肴が客同士で交わす会話である。その中でも花と言えるのが互いに競って繰り出すジョークの数々だろう。バールで交わされるジョークには秀逸なものが多いが、ことジョークに関する限りイタリア人の右に出る者はいないだろう。同じラテン系の言葉をしゃべる国々の中でも、ポルトガル人は素朴で正直、勤勉ではあるが、こと当意即妙なジョークとなるとあまり聞いたことがない。バールに来る日本人も同じことがいえる。ポルトガル人や日本人の中には、時々「えっ、どういう意味。どうして可笑しいの」なんて反応を示して相客の顰蹙を買っていることがあるくらいだ。

 さてイタリアでは古代ローマのカエサルの時代から、ジョークは大人同士の会話の潤滑油として重宝がられていた。政治の世界だろうと商取引の世界だろうと、ジョークを間に挟むことでスムーズに話が進むのだ。そんな年季の入ったイタリア人のジョークを紹介すると、

「バールに筋骨隆々の若い男が来て酒を一杯注文し、カウンターに置いてある二つに割ったレモンを力任せに搾って、もう果汁は一滴も残っていないレモンをカウンターに転がした。みんなが目を丸くして、お前は何をして食っているんだ?と聞くと若い男は、太い二の腕を見せながら、何、港で荷下ろしの人夫をしながら毎日ジムで鍛えていると自慢した。そこにヨレヨレ、ヨボヨボの老人が入って来て酒を注文すると、目の前に転がっていた搾った後のレモンをつまみ上げると、さっきよりもっと多くの果汁が滴り、レモンはすっかり干からびてしまった。みんなが目を丸くして、若者が爺さんあんたは何者だ?と尋ねると、老人はハニカミながら、いえなに税務署で働いています」

 どこが可笑しいなどと言われても困るが、大抵の国でこのジョークは大受けすること間違いがない。

 もう一つ、日本人にまつわるジョーク。

「豪華客船が沈没して壮年の男2人と絶世の美女1人が無人島に流れ着いた。さて、その後のストーリーは?」「3人が英国人だったら?島に女王と2人のナイトが生まれる」

「フランス人だったら?決闘をして勝った方が美女と結ばれる」「イタリア人だったら?男2人が相談して、ひとりが結婚し、もうひとりが間男になるということで話がまとまる」

「さて、日本人だったら?」

「本社にメールを打って、どうするか指示を待つ」

 これも世界中、どこに行っても受けること間違いがない。

調子に乗って少しマイナーなものも一つ。

トルコ人の父親は子どもが五つになると、大人の目の高さほどの塀の上に立たせて「さあ、飛び降りてごらん。パパが受け止めてあげるよ」と両手を広げて言う。子どもが飛び降りると、さっとよけて、落ちて泣いている我が子に「なぁ分かったか。パパでさえ信用すると、そうやって痛い目にあうんだぞ」と諭すというのだ。

 この話は中近東のどこの国行っても受ける話だが、気をつけないといけないのは相手を見て話さなくてはならないことだ。相手がトルコ人ならシリア人の親子の話、シリア人やレバノン人であればイスラエル人の親子の話にしなくてはならない。それくらい中近東の人々は互いに相手を信用できない人間と決めつけてきた。悲しいことだが最近の中近東の状況の仲ではジョークとして笑えなくなってしまったが。

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