参議院選挙を総括するー3

③自由民主党

 わたしは自民党員でもないし、自民党所属の政治家に投票したこともない。従って自民党に何が起ころうと知ったことではない。そのことを断ったうえで、今回の参議院選挙後の騒動をわたしなりに考えている。

 既に書いたように総選挙、都議会議員選挙、今回の参議院選挙と三連敗した以上、選挙の顔でもあり、総責任者でもある立場の総裁が責任を取るということが、これまでの日本の、とりわけ自民党政治の常道だった。一方の野党もまた、もちろん野党たるもの常に政権奪取の気概を持つべきであり、そのためにも直近の国会で内閣不信任を提出するというのも当然の行動だろう。

 しかし、意外に思われるかも知れないが、わたしは石破首相には辞めずに頑張ってほしいと思っている。彼が頑張れば頑張るほど、自民党は「ぶっ壊われる」しかない。かつて「自民党をぶっ壊わす」と言って、「自民党はぶっこわさず」日本をぶっ壊してしまった首相がいた。お陰で失われた30年という経済と社会の混迷を日本は続け、世界一、二の経済大国の地位を滑り落ちてしまった。その間、自民党の裏金問題、カルト宗教との癒着、公文書隠し、果ては歴史観の改竄等々が次々に明るみになったことで、ようやく国民がこの政党を見限ろうとしたのが今回の選挙結果だった。

 自民党に返り咲いた世耕弘成が萩生田光一、松野博一、西村康稔と会談して、石破おろしで一致したと記者会見したが、この4人は安部派のゾンビである。石破責任論を持ち出す前に「わたし達が足を引っ張ってばかりで申し訳ない」と言うべきだろう。茂木派にせよ、麻生派にせよ、旧態依然の自民党のゾンビではないか。麻生は「次の総選挙で必勝の体制をつくるべき」と言うのなら、まず「自分のようにロートルは引っ込むから、新しい自民党を作ってほしい」と言うべきだ。 石破が居座ってくれればくれるほど、自民党の化けの皮が剥がれる。「頑張れ石破」と言いたくなる。

 これまでの自民党は、政策を決定する際、議論を尽くした結果としての合理性によるのではなく、その時々の○○族という名の政治集団の政治的利益と権益分配によってなされてきた。本来、政策決定過程においては合理性、透明性、民主性が必須である。そのいずれもが自民党政治には欠落していた。単に裏金やカルトとのつながりだけの問題ではないのだ。

 例えば高速増殖炉もんじゅ。この事業には初めから経済的合理性がなかった。政権に返り咲いた安倍晋三の所謂アベノミクス解散と言われた2014年段階で、すでに原発廃止を求める国民の割合は7割だったが、自民党政権はそれにもかかわらず、原子力発電に依存するエネルギー政策を変更しようとしないまま、昨年ついに稼働期間の延長、新設の方針に舵を切った。結果として、政権が変わらない限り原子力事業は自律的に膨張を続けていく。大震災時の事故の危険性も拡大し、放射性廃棄物も増える一方という状況も変わらない。

 放射性廃棄物や使用済み核燃料の処理方法が確立しないままに原発建設を推進していることへの国民の批判をかわすために、自民党政権は核燃料の「永久リサイクル」という「錬金術」に飛びついた。合理的議論の末のコンセンサスに基づいて政策決定したものではなかったのだ。

 核廃棄物処理費を処理する方法には現在、直接廃棄と、使用済み燃料から使い残ったウランとプルトニウムを精製して、再び燃料として利用する再処理という2通りの方法がある。

 日本では10万年も安定的に保存できる地層が、狭い国土のどこにあると言うかという国民の率直な疑問に、これまで政府は地下深いところに埋めるといった程度の回答でお茶を濁し続け、正面から答えることが出来ないできた。出来なかったために飛びついたのが高速増殖炉だったのだ。直接廃棄することすら国民の抵抗があるが、諸外国の事例ではその費用は直接廃棄より再処理の方が1.6倍かかり、高速増殖炉が実現したとしてもその費用は実はさらに高くつくところだった。

 いずれ原子力発電について考えてみようと思っているが、政策決定においても、その誤謬を認めることにおいても、さらには政策変更する勇気もなかったのが自民党であり、旧安部政権を取り巻いていた有象無象の政治家やロビースト、お抱えジャーナリストたちの通弊だった。石破の登場でいささかなりとも小さな明かりが点ったと、つい考えてしまうのだ。

 合理的議論の末のコンセンサスのない政策決定は許されない。科学的な根拠を示さないままの先鋭化したプロパガンダや、単に大声で強引に主張を繰り返すだけの政治家に、自分たちの運命を委ね、思考停止してしまった社会は必ず自滅するということを、つい80年前のこの国が示してくれていることを、わたし達はもう一度思い出すべきだろう。

カテゴリー: 政治・時評 パーマリンク