詩集「八月の青い空」シルクロード

シルクロード

タクラマカンの東端に立ち
腕時計をはずして放り投げる
時計は空中の蜃気楼に消え
代わりにひとりの優男が
サルと河童とイノシシを引き連れて
通っていった

すると今度は後を追うようにして
ガンダーラの石造りの仏たちが
列をなして東に向かっていく

微細な砂塵が蜃気楼をかき消すと
岩山が燃え上がり
仏たちの愛する舞姫たちは
岸壁に無数の祠をうがって
その闇の中に潜み
無聊の日々を
なまめかしい半透明の衣をまとって
歌い踊り続ける

やがて舞姫たちはトゥルファンの葡萄棚の葉陰で
碧眼の少女に姿を変えて
くるくると舞っては
遠来の異邦人たちの喝さいを浴びる

東方の異民族は
異邦人にはあふれんばかりの笑顔を
振りまきながら
仏たちの愛する舞姫たちには
その笑顔を凍てつかせて
監視の目を向ける

幼女のささやかな夢は
岸壁の闇に
もとの舞姫の姿となって象嵌され
仏たちは
哀しい眼差しを交わし合いながら
黄色い川を下り
泥の海を渡って
東海の夷の住むという
小島を目指す

(2010年心象184号より)

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