ステイホーム・ウイークスー8

8.パンデミックの陰から忍び寄るもの

 昔から言い慣わされてきた言葉に「為政者は自分の権力を強固なものするために外に敵を作る」と言うのがあります。確かに外に敵を作ることは、わたしたちを国家権力に対して従順にさせてしまう効果があるのかも知れません。今回の新型コロナウイルスという敵は、世界中でわたしたちに国家や国家権力を無意識のうちに受け入れようという心を育む結果となりました。ヨーロッパでは離脱が決まっていたイギリスはともかく、ユーロ内の国同士の軋みむ音が聞こえてきます。米国はトランプ大統領が相変わらず、憎しみと不信感を増長させる言動を繰り返していますし、ブラジルの小トランプ、ボルソナロ大統領にも困ったものです。今はわざわざ外に敵を作らなくても、共通の敵が荒れ狂っているというのに何を考えているんだと言いたくなります。

 およそ国家なぞというものが表に出てくる時代は、歴史上わたしたちにとっていいことは一つもなかったはずなのですが、疫病に対する恐怖心から、わたしたちは自ら進んでその国家に縋り付こうとしています。パンデミックに立ち向かうのは本来、国家ではなくわたしたち自身であり、わたしたちの助け合いの心でなくてはならないのですが、知らず知らずのうちに国や行政のやることだけが有効だとして頼ろうとしています。

 国家は時として常識という名の蛮性を、わたしたちに押し付けます。さすがに日本人は英国の首相や米国の大統領の言うような「適者生存」つまり「生き残れるものだけが生き残ればいいのだ」という考え方にはついて行けません。しかし、そんな極端な表現には反発しても、気を付けないと実はわたしたちの心にもそれに近い考えが形を変えて忍び込んでくるかもしれないのです。生活のため仕方なく営業を続けている店に対する嫌がらせなど、自粛警察などと言う動きなどがそれにあたります。

 わが身が一番可愛いのは誰しも変わりません。しかし、わたしたちは孤独に生きることのできない社会的な生き物です。他者に対する、特に弱者に対する惻隠の情が、実はわたしたちの精神の平衡を保つために必須なのだという事を忘れてはならないのではないでしょうか。

 新型コロナウイルス感染症というパンデミックによって、経済は大打撃を受けています。全世界で経済が停滞し、多くの産業と業種が存続の危機に立たされています。経済の崩壊がわたしたちの精神、心の崩壊につながることをわたしは危惧しています。今、世界中でワクチンや治療薬の開発が急がれていますが、それがわたしたちの手に届くまでにはまだまだ時間がかかりますし、コロナの心配の中、自然災害、熱中症、インフルエンザの流行などにも備えなくてはなりません。そのため、テレビでは連日、政治家、専門家から芸人に至るまで、コロナに関してコメントを発しています。

 そのこともまた、わたしは心配しています。自動翻訳機で翻訳された日本語を読んだ時、スパムメールで送られてくる妙な日本語に接した時、わたしたちは違和感を感じるだけでなく、いらだちに似た心のざわめきのようなものを感じます。微妙に音程のずれた音楽を聴かせ続けると言う拷問があるそうですが、その拷問を続けると人間は狂ってしまうそうです。ちょうどそれに似たことが、今の日本、いや世界中で起っているのかも知れません。自称専門家たちや、ただ有名と言うだけのタレントたちのコメントには、事実に似ているようで事実ではないことも紛れ込んでいるかも知れないのです。また、例え専門家と言う人々であっても、その専門家の所属する学会とか専門家会議、行政組織といった小さな世界の事情によって、公言する情報にバイアスがかかったり、内容の取捨選択をしたりしているかも知れません。

 一方で、わたしたちは宿命的に真実の声を聞く耳を持ち合わせていないのではないかと心配になることがあります。ギリシア神話にカッサンドラと言うトロイ国の王女が居ました。彼女はアポロンの求愛を拒否したため呪いをかけられます。その呪いとは「カッサンドラに将来を予見する能力を与えるとともに、彼女のその予見には誰も耳を貸さない」というものでした。誰もが知っているようにトロイはギリシャによって滅ぼされるのですが、そのことを予見したことにも、トロイの木馬を場内に引き入れていけないという彼女の話にも誰も耳を貸しませんでした。その上、結果として滅ぶことになったその瞬間にも、誰も彼女の予見を思い出すことはありませんでした。真実を語る専門家であっても、権力を持たず、聞いてくれる大衆もいなければ、その専門家は道化役を演じるだけの存在になってしまいます。

 これから、わたしたちはコロナがもたらした新しい社会秩序、それも場合によっては憎しみと絶望感ばかりが蔓延するかもしれない社会を生きて行くことになります。それは戦争も大災害もしのぐほどの恐ろしい時代かもしれません。その心配を少しでも払しょくするために、ではどうすればいいのか。まずはとにかく踏みとどまって冷静になりましょう。その上でみんなで新しい時代を想像していく知恵を出し合うしかありません。どうか皆さん、お互いに手を取り合って頑張っていきましょう。

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