ステイホームウイークスー9

9.パンデミックでわたしたちの未来はどう変わるか-1

 新型コロナウイルス感染症がもたらしたパンデミックは、世界的にはまだまだ収まる気配を見せませんが、わたしたちはそろそろわたしたちの未来について考えておかなくてはならないのではないでしょうか。とはいっても我々の未来はそんなに明るいものにはならないかもしれませんし、第一先を見通おそうとしてもコロナという霧のおかげで模糊として何も見えません。

 未来に辿る道筋が見えない時は、これまでが歩いてきた過去の道筋を見つめなおせばいいと、わたしはいつも考えています。これまで何度も人類はパンデミックに襲われてきましたが、過去には今ほどのグローバルな人の動きはありませんでしたから、今回のパンデミックが未曽有のものであることは間違いありません。現在進行中の問題が未曽有である以上、わたしたちの過去の道筋についても、どうせならその始原までさかのぼるべきかもしれません。

 何が人間とサルを分けるのかという問題は、様々な視点から論議されてきました。二足歩行という視点で分けると約7百万年前から6百万年前くらいに猿人が登場沿いますが。まだ、猿(ラテン語ではピテクス)という字が見られるように、まあサルと人間の中間という感じでしょうか。道具を使うという事に注目すると2百万年くらい前のホモ・ハビリス(有能なという意味のラテン語)が登場します。わたしたちと同じホモ(人間)属ですから、この辺がヒト属の始まりでしょうか。ただ、日本語では原人というくらいで、まだまだ現在のホモ・サピエンスではありません。

 ところで、人類はもちろん多細胞生物の細胞にはミトコンドリアという細胞内機関があります。ミトコンドリアは卵子にはあるのですが精子にはありません。そのため母方にのみその形質が引き継がれていきます。従って母方のご先祖への道筋はミトコンドリアを通して辿れる事が出来るのです。1980年代になるとDNA解析技術の急速な発達とともに、ミトコンドリア研究が活発になりました。1987年、アメリカでミトコンドリアのDNAの解析から、わたし達の祖先であるイブに行き当たります。約20万年前のアフリカの女性です。勝手に旧約聖書のアダムとイブのイブと名付けたのはともかくとして、彼女は間違いなくホモ・サピエンスの持つミトコンドリアを持っていた最初の女性なのです。

 しかし、彼女ひとりが突然変異によってホモ・サピエンスの形質を持ったとしても、種としてのホモ・サピエンスが生まれた訳ではありません。彼女の形質を引き継ぎながら子孫が進化を続けながら増えていき、ホモ・サピエンスが登場までにはさらに10万年必要でした。つまり、わたしたち人類(ホモ・サピエンス)は約10万年前にアフリカの大地溝帯のどこかで生まれたと言われています。しかも、黄色人種、白人種、黒人種などの区別なく全ての人種や民族は、少なくともミトコンドリアを辿る限り、全て究極のルーツはこのアフリカの大地溝帯あたりで生まれたイブに行きつくのです。

 さて、ホモ・サピエンスはそれまでのホモ属である、親せきたちと大きく違った特性を持っていました。それは現在「グレートジャーニー」などと言われていますが、地球規模の大移動をやり遂げたという事です。約6万年前にはアフリカを出ています。それから2万年かけて4万年前ごろにヨーロッパの西の端まで達し、逆に東側には1万年程度かけて、つまり5万年前ごろまでに東南アジアまでたどりつきました。オーストラリアに進出するのはさらにその1万年後です。同じアジアでも中央アジアを経由してシベリアへ進出するのは今から3万年前、ベーリング海を渡るのはやはり今から1万5千年前、そこから南北アメリカ大陸を縦断して最南端には3千年くらいで到達しています。実は日本列島への人類の到達は3~4万年前と早いのですが、なかでも南アジアからのグループは、シベリア経由で北から来たグループよりずっと早かったようです。

 いずれにしてもイブが誕生してからホモ・サピエンスが種になるまで10万年もかかっているのに、ホモ・サピエンスになって4万年程度でふるさとアフリカを飛び出し、それから5万年程度で世界中に住むようになっているのです。その地質学的には殆ど爆発的と言える生息域の拡大を支えた冒険心の背景となる、継続的で強いモティベーションは何だったのか、わたしはそこに注目しています。

 しかし、わたしたちはそんな昔のことは何も覚えていません。まあ、なんとか思い出すことのできるはせいぜい5千年くらい前からのことです。それをわたしたちは考古学と呼んでいますが、歴史と呼ぶことが出来るレベルであればまあ2~3千年がいいところでしょう。歴史をひも解くという事は、わたしたちの体のどこかに残っているはずの大旅行の記憶を思い出す作業だと考えれば、学生時代、教科としての歴史が嫌いだったわたしも納得するところです。ただ、残念なことにわたしたちは記憶をたどることはしても、それに学んで現在や未来に役立てるという事は苦手です。だからこそ「歴史は繰り返される」という名言も光るのでしょうが。

 コロナやインフルエンザに限らず人類とウイルスの付き合いは永いはずです。それまで何かわからないが「悪いことをする存在」としてしか解らなかったウイルスの姿が確認されたのは電子顕微鏡が発明された20世紀半ばなのですが、それは見ることが出来なかっただけで、人類どころか生物の起源にまでさかのぼって、わたしたちはウイルスと付き合わなければならない宿命を背負ってきました。

 天然痘、ペスト、スペイン風邪などは歴史に刻まれていますが、エジプトの遺跡からはペストで亡くなった人のミイラが発見されていますし、それよりももっと昔から、もちろんその頃は原因不明の「呪い」や「祟り」などと思われていたでしょうが、多くの人が感染症に罹って亡くなってきたはずでしょう。グレートジャーニーを成し遂げたわたしたち人類が、それと同じ期間付き合ってきたはずの感染症という不条理には、どうしてこんなにも無力なのでしょうか。情けないと言うより、わたしは単純に「不思議」でしょうがありません。

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