詩集「八月の青い空」小さな村(Ⅰ)

小さな村(Ⅰ)

村じゅうに

ツバメの巣がいくつあったか知っていた

三軒向こうの友人のうちでネコが子を産んだら

すぐにその知らせが来た

もちろん

すぐに生まれた仔猫に会いに行ったもんだ

村中の住人の顔は全部知っていた

よそ者は我が家だけだが

誰もそんなことはおかまいなしだった

朝日が裏山から登ると

わたしは家を出て仕事場に向かう

海に沈む夕日を浴びながら

また自分の家に戻る

もちろんたまには途中で一杯やるさ

仕事場に向かう道すがら

隠居した爺さんの家の前を通る

爺さんは小手をかざして朝の挨拶を交わす

帰りに爺さんの家の前を通ると

爺さんはやっぱり小手をかざして挨拶を交わす

ちがうのは爺さんの座っている椅子の位置

陽が移った分だけ日陰に移ったのだ

家ではまず犬たちが迎えてくれ

子どもたちが迎えてくれる

連れ合いはエプロンで手を拭きながら

少し遅れて出てくる

そうやって一日が過ぎ

そうやってわたしの楽しい日々が過ぎていった

あの時の隠居爺さんの歳を少しばかり超えた今

わたしの小さな村は

遥かな時を超えていってしまった

心象223号(2020.7.1)より

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