詩集「八月の青い空」 小さな村(Ⅱ)

小さな村(Ⅱ)

まだ暗いうちから

春告げ鳥が

春が来た春が来たと騒がしい

しらじら明けの広い谷を見下ろすと

教会の広場の

黄色い花を満開に咲かせた

大きな木が闇に浮き上がって見えている

村で一番早起きのパン屋の煙突から

煙が上がると

それを合図に男たちが

乳缶を括り付けた馬にまたがって

それぞれの牧場に急ぐ

牧場の水飲み場には

乳を張らした牝牛たちがひしめき

男たちは腰に縛り付けてある

一本足の椅子を頼りに

牝牛の乳をまさぐり絞る

教会の鐘が鳴り響くころには

どの家からも

淹れたてのカフェーの香りが立ち始めるが

男たちは乳缶を広場に置いたあとも

家には向かわない

パン屋の店先で

甘い甘いカフェーを啜りながら

朝のひと時のおしゃべりにふける

 「昨日

  うちで生まれた牛は

  親に似ず茶色だったぜ

  お前のところの牡牛が浮気したんだぜ」

 「お前の娘

  ずいぶんと別嬪になったじゃないか

  もう嫁にやってもいいなあ」

話はいつも他愛無い

広場に牛乳会社のトラックが来て

運転者が乳缶を積み込みながら

空の乳缶を下す

やがて

愛想笑いもないまま

走り去ってしまったトラックを見送って

誰かの連れ合いが

朝飯が出来たと呼ぶ声がして

男たちは肩をすぼめ

また

いつものように手を振って

家に帰っていく

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