わたしの政策談義

1.模倣と忖度の国日本

 プロローグで日本は「模倣」と「忖度」の国だと書きました。模倣は真似ということであり、独創性に欠けるという意味であまり尊重される言葉ではありませんし、忖度についても例の安倍政権時代の数々のスキャンダルについてまわった言葉となったため、ネガティブな言葉に貶められてしまいました。しかし、わたしはこの二つの熟語をネガティブな視点からとらえてはいません。むしろ、わたしたち日本人の自慢すべき能力だと考えています。

 模倣と言えばまず中国から朝鮮半島経由で導入された(あるいは紹介された)漢字のことを思い浮かべます。ご存じのように本家の中国でさえ漢字の複雑さというか難解さということから解放されるべく、現在台湾を除いて簡体字を採用していますし、直接日本に漢字を伝えた朝鮮半島に至っては、南北とも人と土地の固有名詞以外はハングル文字となっています。

 日本が初めて漢字に接したのはいつかというと、漢委奴国王印と彫られた金印が後漢から贈られた1世紀頃には間違いないなく目にしているはずです。それ以外にも同時期に出土した銅銭も見つかっています。もっともこれらは国外から贈られた文物に彫られていたものであり、日本人が文字として認識していたかどうかも不明です。その後、3世紀には漢字の彫られた土器が出土していますが、この場合も文字をむしろ文様として使ったに過ぎないのではないかと言われています。

 その後、古墳時代には国産の銅鏡や太刀・刀剣の銘などに意味のある言葉として漢字が彫られ始め、仏教の伝来とともに仏典として漢字が伝来しました。やがて大和朝廷の成立と共に漢字が公式記録として使われるようになって、それが8世紀初頭の古事記と日本書紀につながっています。ここで特記すべきはわたしたちが高校の時に習ったように漢字の使い方が違うことです。日本書記は所謂、漢字を表意文字として漢文の文法通りに描かれているのに対して、古事記は和化漢文で書かれているのです。和化漢文とは漢字を表音文字として、日本語の言い回しをそのままに著しているのです。つまり日本書記までは外来の文字として漢字を模倣していたものを、古事記からは漢字を表意文字から表音文字するという独自の活用法を見つけ出しているのです。その後、数十年を経ずして成立した万葉集ではその表音文字化は仮借、仮字と呼ばれてさらに進歩し、後世「万葉仮名」と呼ばれ、この段階では既に一部の学者や学僧だけではなく、多くの一般人が文字を使うようになったと考えらえます。そこから仮名やひらがなが生まれていくのです。

 漢字の熟語の持つ意味はそのまま用いながら、日本語の特性を漢字使用のために変えることなく、日本語の特性を保持するために助詞などを漢字から派生した仮名やひらがなで文章を構成するようになりました。さらに明治以降は外国語を漢字の熟語で新しく日本語化したり、それが出来ない場合は仮名で音を表記することで直接日本語化することもできるようになったのも、和化漢文→仮借・仮字(万葉仮名)→仮名・ひらがなと、漢字を元にして新しい文字を生み、さらに漢字そのものも否定せずに駆使することで、独特の文章表現を確立してきたのです。

 中国は中華思想の国ですから、日本が中国の真似ばかりしてきたと主張することもありますが、実は漢字の本家である中国が日本から多くの単語を逆輸入していることも知られていることです。文字はともかく自動車、家電その他数えきれないほどの日本製品はその出発においては模倣だったことは否めません。しかし、その全てが単なる模倣品でないことは最近までの世界での消費者が証明してくれています。もっとも、1990年代あたりを境に日本の商品開発も技術開発も停滞していることも事実で、心配ですが。

 忖度という言葉についてですが、忖度とは本来「追従」や「阿り」とは違うもののはずです。正確な意味での忖度は、文章であれば「行間を読む」とか、対談であれば「阿吽の呼吸」などと表現される日本人の特性だったはずです。現代では「空気を読む」という言葉にも対比されます。忖度とは少し違いますが、もう一つ「惻隠の情」というのもあります。単にあわれんだり、悼んだり、あるいは同情するというだけでなく、「今はそっとしておこう」とか「いつも黙ってそばにいてくれる人がいる」などということも、特に日本人だけの特性というわけではないにしても、わたしたちがわたしたちの共に生きる小さな社会の中で、人間会計を維持するための術として身に着けているものだと言えるのかもしれません。

 しかし、確かに「模倣」も「忖度」も、国内的な、あるいはもっと小さな社会においては、独自に何かを開発する努力を必要とせず、その分を工夫や改善にまわすことが出来ますし、コミュニティー内の人間関係を滑らかにするには必要なことではありますが、事、時代が革命的に大きく変わる変革期に差し掛かった時、それを乗り越える知恵や、国際的な関係において協力するべきことは積極的に協力を惜しまないと同時に、タフ・ネゴシエイターとして主張するべき主張はするという姿勢で臨めるかどうか、疑問に思わざるを得ない時もあります。日本人の「そこまで言わなくても、やるべきことさえやっておれば、わかってもらえる」という考えは国際社会では通用しません。特に米国という国を相手にする場合、容れるべきは容れ、言うべきことは言う。時として共に行動することを拒否するという、毅然として姿勢が望まれます。

 そこで次に米国について考えてみるつもりです。

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