沖縄慰霊の日2020年

平和の詩 高良朱香音(沖縄県立首里高等学校3年)

あなたがあの時

「懐中電灯を消してください」

一つ、また一つ光が消えていく

真っ黒になったその場所は

まだ昼間だというのに

あまりにも暗い

少し湿った空気を感じながら

私はあの時を想像する

あなたがまだ一人では歩けなかったあの時

あなたの兄は人を殺すことを習った

あなたの姉は学校へ行けなくなった

あなたが走れるようになったあの時

あなたが駆け回るはずだった野原は

真っ赤っか 友だちなんて誰もいない

あなたが青春を奪われたあの時

あなたはもうボロボロ

家族をいない 食べ物もない

ただ真っ暗なこの壕の中で

あなたが見た光は、幻となって消えた

「はい、ではつけていいですよ」

一つ、また一つ光が増えていく

照らされたその場所は

もう真っ暗ではないというのに

あまりにも暗い

体中にじんわりとかく汗を感じながら

私はあの時を想像する

あなたが声を上げて泣かなかったあの時

あなたの母はあなたを殺さずに済んだ

あなたは生き延びた

あなたが少女に白旗を持たせたあの時

彼女は真っすぐに旗を掲げた

少女は助かった

ありがとう

あなたがあの時

あの人を助けてくれたおかげで

私は今 ここにいる

あなたがあの時

前に見続けてくれたおかげで

この島は今 ここにある

あなたがあの時

勇気を振り絞って語ってくれたおかげで

私たちは知った

永遠に解かれることのない

戦争の呪いを

決して失われてはいけない

平和の尊さを

ありがとう

「頭 気を付けてね」

外に光が私を包む

真っ暗闇のあの中で

あなたが見つめた希望の光

私は消さない 消させない

梅雨晴れの午後の光を感じながら

私は平和な世界を想像する

あなたがあの時

私を見つめた真っすぐな視線

未来に向けた穏やかな横顔を

私は忘れない

平和を求める仲間として

                       (原文のまま、沖縄平和祈念資料館)

 今年もまた6月23日が来た。不謹慎のそしりを受けるかもしれないが、わたしは毎年この日が来るのを楽しみにしている。75年前のこの日、太平洋戦争の最終盤、沖縄本島での組織的な戦闘が終結した。沖縄県ではこの日を全県民挙げて「慰霊の日」と定めている。わたしがこの日を楽しみにしているのは、この日、小・中・高校生の代表によって「平和の詩」が朗読されるからである。今年は新型コロナウイルス感染症の影響で、もしかしたら朗読はないかもしれないと案じていたが、縮小された慰霊祭ではあったが例年通り「平和の詩」の朗読を聞くことが出来たのだ。

 沖縄県平和祈念資料館主催の31回目となる「児童・生徒の平和メッセージコンテスト・詩部門」が今年も募集され、高校生の部で最優秀賞を受賞した沖縄県立朱里高校3年の高良朱香音さんが、この冒頭の詩を読んでくれた。毎年、感心させられることだが、彼女もまたいつもよりは少なかった参列者の顔を見回しながら、一度も原稿に目を落とすことなく、一度も噛むこともなく読み上げた。そして、それをネット中継で聞いていた、加齢と

ともに涙腺の緩んできたわたしの心を十分に揺さぶり泣かせてくれた。

彼女の物語性のある詩には何人もの「あなた」が登場する。戦争によってそれまでそこにあった日常を奪われた「あなた」、紙一重のところで命を全うできた「あなた」、その視野の中に映っていた命を全うできなかった大勢の人々を代弁するために語り部となった「あなた」、それぞれのあなたに丁寧に「ありがとう」と感謝の言葉を捧げ、最後に未来に向かってともに平和な世界を築こうとする「あなた」が登場することで、彼女自身の平和な世界を築こうとする決意を表明した。

沖縄の梅雨晴れの空は明るい、その明るい空の下で75年前、20万余の戦没者ひとり一人にあった生活があり、凄惨な地獄絵が繰り広げられた。75年後の今、その沖縄の歴史を踏みにじるように、市街地の上空を爆音を挙げて米軍機が飛び交い、辺野古の海が埋め立てられている。しかも、実は多くの日本人がその沖縄の悲しみに目をつぶったままである。

世界中のどこかで75年前の沖縄で繰り広げられた地獄絵が、今でも繰り広げられ、生まれたばかりの赤ん坊が死に、多くの子どもたちが何の罪もなく死んでいっている。そのことにも多くの日本人は知らぬ顔を決め込んで生きている。

沖縄の語り部たちの話を聞き、仲間と共に不戦の社会、平和な世界を築こうと決意する若い子どもたちが大勢育っていることを目にし、「沖縄慰霊の日」の度に安堵している自分がいることを、聊かのうしろめたさと共に感じている。

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